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3・放っておけない人…… Page6

last update Last Updated: 2025-03-06 12:32:47

「まあ、仕事といえば仕事なんですけど。別の先生に用があって……、でもちょっと困ったことになってるんで、先生と酒でも飲みながら相談に乗って頂こうかと思いまして」

 原口さんは肩をすくめながらそう言って、提げている重そうな袋を私に見せた。

 中に入っているのは五〇〇ミリリットル入りの缶チューハイが五、六本。あとはさきイカやチーズたらなどのおつまみだ。

「先生って酒豪なんでしょう?」

「はい。っていうか、原口さんも飲むんですね。知らなかった……」

 少し前に琴音先生から聞くまで、彼の私生活なんてほとんど知らなかったから。そもそも彼とお酒を飲んだことだって一度もなかったし――。

 そういえば、琴音先生はどうしてあんなに原口さんのことをよく知ってるんだろう? ――そう思った時、私の中でまた小さな疑念(ぎねん)が燻(くすぶ)り始めた。

 二年前に琴音先生と別れた元カレって、もしかして……?

「――巻田先生、どうかしました? なんか浮かない表情(かお)してますけど」

 原口さんに呼びかけられて、私はハッと我に返った。どうやら一人で考え込んでいて、彼に心配をかけてしまったらしい。

「あっ、いえ。何でもないです。ゴメンなさい。――えっと、原口さんてお酒飲むんでしたっけ?」

 もしかしたらさっき、彼は答えてくれていたかもしれないけれど。

「いえ、あんまり強くはないんですけどね。今日は飲まなきゃやってられないんで」

「はあ」

 ヤケ酒を呷(あお)りたくなるほどのことがあったのだろうか? だとしたら、担当してもらっている作家としては(もちろん個人的にはそれだけじゃないのだけれど)放っておけるはずがない。

「分かりました。今日は二人でとことん飲みましょう! どうぞ、上がって下さい」

 私は鍵(かぎ)を開け、彼を招き入れるとリビングに通した。

「じゃあ私、ちょっと着替えてきますから。ソファーに座って待っててもらえますか?」

 バッグをソファーの隅っこに下ろし、コンビニの袋をダイニングテーブルの上に置いてから、私は原口さんに言った。

「はい」

 原口さんは素直に頷き、いつもの定位置に腰を下ろした。

 私は例の寝室(兼仕事部屋)に入るとドアを閉めて、窮屈(きゅうくつ)な仕事着からゆったりした普段着に着替えてからリビングに戻る。

 原口さんは仕事で来たわけではないからなのか、いつもよりリラックスし
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    「――さてと、そろそろ飲み始めます?」 時刻はそろそろ五時半。お腹(なか)も空いてきたし、飲み始めるにもいい頃(ころ)合(あい)だと思う。「そうですね。つまみはこんなものしか買ってないですけど……」 袋の中身をローテーブルの上に並べながら原口さんが頷いた。これだけのおつまみじゃ、お腹はいっぱいになりそうにないな……。あ、そうだ!「私も晩ゴハンのおかずにしようと思って、冷凍のギョーザとか唐揚げとか買ってきてあるんです。それも温(あった)めておつまみにしませんか?」「それ、いいですね! ありがとうございます!」 ――数分後。私がレンジで温めてきたギョーザやシューマイ・唐揚げなどのお皿もローテーブルの上に並び、二人だけのささやかな宅(たく)飲み会が始まった。 お酒は各々(おのおの)グラスに注(つ)ぎ、皿の上のおつまみ(おかず系)を箸(はし)でつっつき合う。 自他共に認める(?)酒豪だけあって、私はどれだけ飲んでも全く顔に出ない。でも、原口さんは相当弱いらしくて、ちょっと飲んだだけですぐに顔が赤くなった。 これだけ下戸(ゲコ)な彼が「飲まなきゃやってられない」なんて……。一体何があったんだろう? 私は原口さんが本格的に酔(よ)っ払ってしまう前に、思いきって彼に訊ねてみた。「原口さん、ヤケ酒飲むほど困ってることって、一体何があったんですか?」「実は……、蒲生(がもう)大介(だいすけ)先生のことなんですけど」 アルコールが少し入って緊張の糸が緩(ゆる)んだせいか、彼はためらいながらも話し始めた。「蒲生先生って……、〈ガーネット〉のレーベルの中で一番のベテラン作家の!?」 そこにとんでもないビッグネームが飛び出し、私はビックリして飲んでいたチューハイでむせそうになった。 蒲生先生はもう五十代半(なか)ば。作家としてのキャリアは三十年以上になるらしい。 彼は私の憧れであり、目標とする作家でもある。母が大ファンだったのをキッカケにして私もハマり、作家を志(こころざ)すことにしたのだ。「そうです。今日、彼の脱稿日だったんで、原稿を受け取りに伺ったんですけど。『書けなかった』って言われたんです。『一枚も書けなかった』って」「ええっ!?」「まあ、事情があって書けなかったというなら、僕も理解できなくはないんですけど」「違った……んですか?」 私の問

    Last Updated : 2025-03-06
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    Last Updated : 2025-03-06
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    Last Updated : 2025-03-06
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    Last Updated : 2025-03-06
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    Last Updated : 2025-03-06
  • シャープペンシルより愛をこめて。   3・放っておけない人…… Page12

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    Last Updated : 2025-03-06
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    Last Updated : 2025-03-06
  • シャープペンシルより愛をこめて。   4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page1

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    Last Updated : 2025-03-06

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       * * * * ――翌朝、原口さんはバイトに出勤する私に合わせてわざわざ早く起きてくれたので、一緒に朝ゴハンを食べた。今日のメニューは白いゴハンに焼き鮭(ざけ)、キュウリとナスの浅漬け、そしてきのことカボチャのお味噌汁。秋が旬の食材をふんだんに使ったメニューだ。 たまには洋食の朝ゴハンにしようかとも思うのだけれど、原口さんは和の朝食がお好みらしい。「――そういえば、ナミ先生って和食以外もよく作るんですか?」 ゴハンをお代わりしながら、彼が訊いた。……あ。そういえば彼がウチで食べる料理ってほとんど和食だ。洋食系のメニューって食べてもらったことあったっけ?「うん、作りますよ。中華とかカレーとかも。でも、さすがにハヤシライスは作ったことないなあ」 昨日のデートで、彼と一緒にカフェで食べたハヤシライスはおいしかった。……でも、自分で「作ってみたい」とまでは思わない。私は創作の面では結構攻めるタイプだと思うけれど、どうも他の面では守りに徹(てっ)するタイプみたいだ。 そういえば恋愛でもそうだった。原口さんのことが好きだと気づいた時だって、自分からはグイグイ行かなかった……と思うし。「――僕、ナミ先生が作ってくれる和食大好きなんですけど。たまには洋食系のメニューも食べてみたいなあ……なんて。……すみませ

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page10

       * * * * ――結局、彼はやっぱり泊っていくことになった。 洗い物を済ませてから二人で交代に入浴し、寝室で甘~~い時間を過ごしたら、私は無性に書きたい衝動(しょうどう)にかきたてられた。「――ゴメンなさい、原口さん。私、これからちょっと仕事したいんですけど。机の灯りつけてても寝られますか?」 私が起き上がると、彼は「仕事って、執筆ですか?」と訊き返してくる。「そうです。眩しいようだったら、ダイニングで書きますけど」「いえ、僕のことはお気になさらず。……ただ、明日出勤でしょ? あんまり遅くまでやらないようにして下さいね」「うん、ありがとうございます。キリのいいところまでやったら、適当に寝ます。だから気にせず、先に寝てて下さい」 私はベッドから抜け出して、部屋着の長袖Tシャツの上からパーカーを羽織り、机に向かった。書きかけの原稿用紙を机の上に広げ、シャープペンシルを握る。 ノートパソコンは、相変わらずネットでしか稼働(かどう)していない。タイピングの練習は、時間が空いた時だけやっている。でも、パソコンで執筆する気にはやっぱりなれない。 原稿を書きながら、数時間前に観た映画のラブシーンとついさっきまでの彼との濃密(のうみつ)な時間を思い出しては、一人で赤面していた。私が書いている恋愛小説は濃厚(のうこう)なラブシーンが登場するようなものじゃなく、主にピュアな恋愛を描いているものがほとんどなのだけれど。 私の恋は、小説やTVドラマや歌の世界を地(じ)でいっている気がする。 潤のことも、もちろん本気で好きだった。だから、「小説家なんかやめろ」って言われてすごく傷付いたんだと思う。「どうして好きな人に応援してもらえないの?」って。 でも、原口さん相手ほどは燃えなかったなあ。こんなにどっぷり好きになった相手は、多分彼が初めてだ。そして、ここまで愛されているのも。 だって彼は、私のことを丸ごと愛してくれているから。私のダメなところも全部認めてくれて、決して貶さないし。……こんなに出来た彼氏は他にいないと思う。 ――集中してシャーペンを走らせ、原稿用紙十五枚を一気に書き上げると、時刻は夜中の十二時過ぎ。いつの間にか日付が変わっていた。「ん~~っ、疲れたあ! そろそろ寝よ……」 私はシャーペンを置き、思いっきり伸びをした。ふと、後ろのベッド

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page9

    「――さて、と。まだ時間も早いですけど、DVDでも観ます?」 私はソファーから立ち上がると、ミモレ丈(たけ)のデニムスカートの裾を揺らしてTVラックの所まで行き、彼に訊ねる。 今日は映画を観てきたけれど、この部屋の中での時間の潰し方は限られる。TVを観るか、DVDを観るか、仕事するか。それとも…………。「いいですけど。ちなみに、どんなジャンルですか?」「ワンパターンで申し訳ないんですけど、恋愛映画……。洋画と邦画、どっちもありますけど」 これでも恋愛小説家である。他の作家さんの恋愛小説だけでなく、時にはコミックやTVドラマ・映画などを作品の参考にすることもあるのだ。そういう意味で、恋愛映画のDVDは資料としてこの部屋には豊富に揃(そろ)っている。「じゃあ……、邦画の方で」「了解(ラジャー)☆」 私が選んだのは、〝恋愛映画のカリスマ〟と名高い若手映画監督がメガホンをとった映画。今日観て来た映画とは違う、ドラマチックな演出をすることで有名な人の作品だ。 ――でも見始めてから、この作品を選んだことを後悔した。「「わ…………」」 途中で際(きわ)どいラブシーンが流れて、何となく気まずい空気になったのは言うまでもない。 あまりにも生々しすぎるラブシーンを直視できず、TV画面から視線を逸らしてチラッと隣りを見遣れば、原口さんは瞬(まばた)きひとつせずに画面に釘付けになっていた。 ……目、大丈夫かな? ドライアイにならない? 私は彼の顔の前に手をかざして上下に動かしてみる。「お~い、起きてますかぁ?」「…………ぅわっ!? ビックリした!」 ハッと我に返った彼のガチのビックリ顔がおかしくて、私は思わず吹き出した。「ハハハ……っ! めっちゃ見入ってましたねー」「スミマセン」 お家デート中に彼女の存在そっちのけで映画に見入っちゃうなんて、なんて彼氏だ。……まあでも、面白いものが見られたからよしとしよう。「――あ、終わった。ちょっと刺激強すぎたかな……」 映画は二時間足らずで終わった。プレイヤーから出したディスクをケースに戻し、次に観る時はもう少し刺激の少ない映画にしようと思った。「お風呂のお湯、入れてこようっと。――先に入りますか?」 この調子だと、今日も彼はこの部屋に泊まっていくことになりそうなので、私はバスルームに向かいがてら彼に訊ね

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